2024年3月9日~10日に開催しました、フォーカシング・池見陽氏とゲシュタルト療法・百武正嗣氏(ももちゃん)のコラボワークショップに参加された方の声を紹介します。
開催報告はブログ「自分を生きるレッスン」をご覧ください。

坐禅とフォーカシング
ももちゃんのワークを見て衝撃を受けました。クライアントを幻想の世界から現実の世界にやさしく連れ戻しているような感覚になりました。
2人で坐禅をするようなペアワークがめちゃくちゃよかったです。フォーカシングの一部をしっかりと体感できたように感じました。日々の坐禅で活用していきます。
リアルで体験できる素晴らしさを感じました。みれいちゃん、主催してくださってありがとうございました!

言葉の宝庫
宝物のような言葉が詰まった素晴らしいワークショップでした!
「自分が言いたいことを押さえるのに一番エネルギーを使う」、「体験ー表現ー理解を繰り返す」、そして自分のワークの時の自分へのメッセージ「安心して任せればいい」が印象に残っています。
難しい人間関係において平行線になりそうな時、この人は何を喜ぶんだろう、どうやったら伝わるのかをドッグトレーニングの視点で見る新鮮さがあります。あとバウンダリーの新しいタイプが増えました。

圧倒的な存在感に感動
「心理療法等を他人に文字で説明することは、とても大変なのだな‥。」ということに気づきました。
今回、池見さんの本を読んで、さらにご本人の言葉で説明を受けたことで、本の内容がとても腑に落ちました。
私なりのエンプティチェア、私なりのセラピーで行こうと思いました。
二日間、とても学びになりました。 ありがとうございました。
ももちゃん、池見さんの圧倒的な存在感に感動しました。 また、みれいちゃんの細やかなお気遣いに心地よさを感じて、自分のままで参加することができました。
余談になりますが、私の気づきです。 何で私は「犬のように扱う」に引っかかっているのか、謎が解けました(笑) 『私がもしかしたら、夫に、犬のように(うまく)飼いならされているのかも・・・。』という微細な恐れでした。 気づきをありがとうございました!

関係性と傾聴を経て、フォーカシングへ
印象に残っているのは、フォーカシングの前に関係性、そして傾聴の2段階を踏む、ということ。そして、フォーカシングのためのフォーカシングではないこと。
今後に生かすこととしては、フェルトセンスの扱い方、デリカシーをもって扱う。そして目的論的に「良いものを暗示している」という勇気の源としてとらえる。
セッションができたことは私の人生の宝となりました。ありがとうございました。自分の口から出た数々の言葉、感情、感覚、これを大事にします。

何を抑えているのかを見直す大切さ
ワークショップで学んだことは、体験・表現・理解、明示的・暗在的、私たちの在り方は他者・言語・環境との関係の中、言いたいことを抑えているのが一番疲れる!、不快=よりよく生きていくためのヒントをくれる感覚、苦しみ=よい方向に向かうエネルギーとたくさんあります。
人との関係で疲れたとき、私は何を言いたかったのか、抑えているのか?を見ていきます。感覚は自分のからだからのギフト、大切にします。
とても贅沢な時間でした。ももちゃん、池見さん、みれいちゃんの関係性が素敵だからだなぁ。
ありがとうございました!

自己概念の更新
フォーカシングα、β(※)という考え方が新たな学びでした。
学問として語れることとセラピストとしてあること、どちらも欠かせないものだと感じました。
また、どんな苦しみも良い方向に向かう道標との言葉が印象に残っています。
ワークをし、自己概念が書き換えられた感じがあります。しばらくはこの感覚を持って、自分のものとしていき、自分そのものになっていくように大切にしていきたいと思います。
とてもいい2日間でした。 来年も楽しみにしています。
※「フォーカシングα」「フォーカシングβ」についてはyoutubeにて池見陽先生が解説されていますので、ご参照ください。


